2023/06/13

米国eHealthジャーナル第89号

米ブラウン大学、疼痛管理アプリ「SOMA」を開発

ジャーナル第89号, 疼痛管理, 疾病管理・患者モニタリング

慢性痛の研究、治療法の開発を視野に

米国東海岸の伝統ある名門大学グループ、アイビーリーグのブラウン大学は4月6日、高い有病率とその影響が社会問題化している慢性疼痛の痛みを軽減・緩和する治療法の開発を目指し、疼痛管理用アプリ「SOMA Pain Manager」 (以下、SOMA) 同大カーニー脳科学研究所が開発したことを発表した。

  • 通勤時に駅の階段から転げ落ちて、したたかに膝関節を打ち付けた。
  • ランチで天津飯を注文し、熱々の餡で舌を火傷した。
  • 歯科口腔外科で、親知らずを抜歯した。

誰しも経験がある感覚・経験が、痛み(疼痛)である。ここに例示したケースは、いずれも急性痛と言われるものであり、総じて外部からの刺激で生じる侵害受容性疼痛である。

一方、同じような痛みであっても、昨今注目度を増しているのが 慢性(疼)痛である。痛みの原因となる外傷や疾患が治癒した後も長期間 ~3か月以上、または通常の治癒期間を超えて~ 持続する痛みのことだ。
NHIS(National Health Interview Survey)の調査(2021年)によれば、米国成人の5人に1人、約20%(約5,000万人)が、毎日ないしほぼ毎日、慢性疼痛からの痛みに苦しんでいる実態が明らかとなり、多額の医療費に加え、労働生産性の低下など、一般的な社会問題として深刻さを増している。
ちなみに日本でも同様であり、全成人の22.5%(2,315万人)が患っていると報告されている。

(出典) Shutterstock 

急性の痛みは既存の組織損傷または潜在的な組織損傷の警告である一方で、慢性の痛みは、元の組織損傷時に以前に痛みを引き起こした特定の動きに対する嫌悪感や恐怖感が続くことによって引き起こされる、いわば誤検知のようなものと考えられている。
そして、急性痛から慢性痛への移行には、末梢(身体の各部位)処理から中枢(脳中心)処理への移行が伴うこと、学習と記憶に関与する脳回路の変化(可塑性)の結果である可能性が示唆されている。
複数の要因から生じるもので、掴まえ所がない。診断・治療は困難で、十分な理解に欠ける医療者が少なくないという問題点が専門医から指摘される難しい疾患だ。

このような脳と身体の関係に着目した研究所員らが、そのメカニズムの全容を解明すべく、2021年2月に開発に着手したのが「SOMA」の由来である。

(出典) SOMA (Brown University) 

 患者は、スマホアプリ「SOMA」(iOS、Androidで無料ダウンロード)に毎日チェックインし、その日一日の痛みの具合や活動、服薬など介入措置、気分などを記録することを求められる。
「Pain is always subjective (痛みは常に主観的なものである)」(国際疼痛学会)と言われるように、患者本人による評価は主観的なものに留まるが、同時に日々の活動や気分などが、痛みにどの程度影響しているかを追跡、監視できるようになる。

慢性痛での薬剤治療の効果は補助的(限定的)であり、運動療法や心理療法、生活習慣の改善などが重視される。また、治療目標は、ADL (Activities of Daily Living、日常生活動作)、QOL (Quality of Life、生活の質) を向上に重点がおかれるとされる。
過去数週間・数か月間に渡るデータが集計され、痛みの強さや頻度、日常生活への影響などをパターン化して、トレンド(傾向)として表示し、個人毎の痛みに関する洞察を得られ易くなり、より有効な予防と治療を設計するバックボーンとなるという考えだ。

次のステップとして、慢性痛を適応とした認知行動療法的なプログラムのリリースも年内に計画しているようである。

 
出典:SOMA Science 


臨床現場における治療法は依然として脳ではなく末梢にばかり焦点が当てられる場合も少なくない。
「SOMA」データは患者のプライバシーを優先して匿名化された上で、急性痛から慢性痛への移行、患者毎に有望な治療経路を予測可能な(デジタル)バイオマーカーの開発など、慢性疼痛の予防と治療を改善するための別研究プロジェクトに提供される構想も同時に明らかとなった。

(了)


本記事は以下の公式発表を翻訳要約し、適宜解説を加えたものである。
・    Carney Institute for Brain Science at Brown University  「Scientists at Brown University Release New Pain Management App」、2023/04/06
https://www.prnewswire.com/news-releases/scientists-at-brown-university-release-new-pain-management-app-301791066.html
・    SOMA  https://somatheapp.com/
・    Carney Institute for Brain Science at Brown University 「SOMA – an app to monitor bodily symptoms」
https://www.brown.edu/carney/research-project/soma-%E2%80%93-app-monitor-bodily-symptoms
・    The Brown Daily Herald 「Brown researchers collaborate with software developers to release pain-monitoring app」、2022/09/28
https://www.browndailyherald.com/article/2022/09/brown-researchers-collaborate-with-software-developers-to-release-pain-monitoring-app
・    CDC 「Chronic Pain Among Adults — United States, 2019–2021」、2023/04/14
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/72/wr/mm7215a1.htm
・    「慢性疼痛診療ガイドライン」、2021/06/30
https://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0120/G0001301
・    横浜市立大学付属市民総合医療センター ペインクリニック内科 北原正樹医師「&慢性痛」
https://www-user.yokohama-cu.ac.jp/~mansei2/
 

本記事掲載の情報は、公開情報を基に各著者が編纂したものです。弊社は、当該情報に基づいて起こされた行動によって生じた損害・不利益等に対してはいかなる責任も負いません。また掲載記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。
Copyright © 2023 株式会社シーエムプラス LSMIP編集部

連載記事

執筆者について

関連記事