2023/04/25

米国eHealthジャーナル第86号

不眠症の治療用アプリ「Somzz」、韓国Aimmed社が薬事承認を取得

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Big Health社「Sleepio」、Pear Therapeutics社「Somryst」に続く認知行動療法デジタル化の波

「春眠暁を覚えず」とは、中国唐代の詩人 孟浩然の漢詩「春暁」の一節で、小学校国語教科書にも採用されていることから、聞き覚えのある方も多いことだろう。

実際には休日でもなければ寝過ごすことは難しい。そして、誰しも同じ1日24時間という可処分時間の多くを占める、睡眠に関する悩みを抱える現代人は多いようである。経済協力開発機構(OECD)の調査によれば、調査対象国の平均睡眠時間が8時間28分であったのに対し、日本が7時間22分、韓国が7時間51分を記録し、睡眠時間のワースト順位を占めている。これには、眠らずに働くことが美徳であるかのような価値観が、根底にあるとも指摘される。

韓国・国民健康保険公団の統計によれば、睡眠障害(不眠症)の患者数は、2016年54.3万人から2020年65.6万人に増加し、1人あたりの診療費も同13万ウォンから同年18万ウォンへと増加した。

うつ病や疼痛など慢性疾患患者の増加に従い、治療薬の長期服用による副作用で、患者の睡眠の質が下がり、不眠症を併発して有病率が一層上昇するものと予測されている。韓国も国民皆保険制度を敷いており、医療財政を圧迫する原因の一つとして注視される疾病だ。

2月15日、不眠障害治療に大きなマイルストーンを刻むニュースが、日韓両国でそれぞれ発表された。

韓国では、Aimmed Co., Ltd. (以下、Aimmed社) * が、規制当局 食品医薬品安全処 (Ministry of Food and Drug Safety / MFDS。以下、食薬処) に申請中の不眠症治療用アプリ「Somzz (ソムズ)」が、同国内初の治療用アプリとして許可されたことを発表した。本稿では、国内では未報道のAimmed社の発表を概説し、あわせて規制当局による報道資料を抄訳して紹介しよう。
* 名称が似て紛らわしいが、本邦のAMED(日本医療研究開発機構)でなく、韓国の民間企業である。

Aimmed社は、他家細胞移植で知られるバイオテクの韓国メディポスト社が1999年に創業した健康管理サービス専門企業。これまで、企業従業員向けメンタルヘルスケアなどのEAP(Employee Assistance Program)サービス、服薬管理や臨床試験支援プログラムからなる製薬会社向けサービスなどを展開する一方、主要な保険会社向けに各種アプリ(活動量ベースのアプリ、健康コーチングアプリ、糖尿病管理アプリ)を開発してきた。

新たに開発したアプリ「Somzz」は、標準治療である不眠症認知行動治療法 (CBT-I; Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia) をモバイルアプリとして実装した、エビデンスに基づく治療的介入を提供するソフトウェア医療機器である。不眠症を持続または悪化させる心理的、行動的、認知的要因などに介入して、症状の改善を目指すCBT-I は、慢性不眠症で優先的に考慮すべき治療法として知られている。このアプリは、CBT-Iを構成する刺激制御療法、睡眠時間制限療法、睡眠衛生指導、漸進的筋弛緩法および認知療法をモバイル用アプリケーションに実装して6段階のプログラムを6~9週間提供し、睡眠効率を高め、不眠症の改善を図るもの。

国内3か所(ソウル大学病院、高麗大学九老病院、サムソン医療センター)で実施された、6か月間の臨床試験では、被験者の48%で不眠症の重症度評価尺度が「Somzz」の利用前後で統計的に有意な改善が確認された。

韓国政府および食薬処は、医療分野を有望な成長分野と位置付け、迅速な許可に向けて、デジタルトランスフォーメンションを加速する各種の支援策を準備・推進している。
臨床試験や製販許可に関連した基準を先制的に提示し、統合審査・評価制度など新しい制度を設けるなど、製品開発過程で発生し得る試行錯誤を減らして予見性を高め、製品開発の成功率を高め、新技術による革新的製品の上市を早める構えだ。例えば、2020年8月には「デジタル治療機器の許可・審査ガイドライン」を策定し、デジタル治療機器の定義・判断基準・判断事例、許可時に提出する技術文書の作成方法と提出資料の範囲、などを定めた。
また、「不眠症改善デジタル治療機器の安全性・性能評価、及び臨床試験計画書作成ガイドライン』('21.12月)はじめ、個別のデジタル治療機器に特化したガイドラインを提供し、製品の設計から安全性・性能評価資料の準備や臨床試験計画時に考慮すべき事項など、臨床試験の準備期間短縮を図っている。
現在、既存の5種のガイドラインに、2027年までに約10種(23年、2種(ADHD、摂食障害)、以降8種)のガイドラインを追加する予定。
※各種ガイドラインは、別添資料「抄訳版_」に記載

2021年には8疾患に対して9件の、2022年は12疾患に対して17件の臨床試験の実施計画が明らかとなっている。
韓国デジタル治療学会も、デジタル治療機器が、様々な病気に医薬品以外の新しい治療手段として臨床パラダイムの変化をもたらすものと、期待の大きさを示した。


■参考
食品医薬品安全処が発出した報道向け資料の抄訳を添付する。
抄訳版_Aimmed社「Somzz」


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CBTを基盤とする治療用アプリが、各疾病領域で次々と開発されている。なかでも不眠症を適応とした CBT-I のデジタル化には、各社が取り組んでいる。先行する米国の2社、Big Health社とPear Therapeutics社の事業開発状況を概観してみよう。

■ Big Health
最も先行している一社が、カリフォルニア州サンフランシスコ拠点の Big Health Inc. (以下、Big Health社)  である。患者ごとにパーソナライズした治療内容をスマートフォン/ウェブアプリ「Sleepio」を提供している。

医薬品や医療機器の有効性や安全性に加え、医療経済性評価も行う、英国の国立医療技術評価機構 (National Institute for Health and Clinical Excellence、通称 NICE) が2022年5月、「Sleepio」の利用を推奨するガイダンスを発表した。米国では、薬局チェーン/薬剤給付管理会社CVS Health が提供する健康保険プラン・自家保険提供雇用主向けプログラム「Point Solution Management」に組み込まれている他、Evernorth の Digital Health Formulary (DHF)にも組み込まれ、有力どころを押さえた格好だ。

■ Pear Therapeutics
処方箋デジタル治療薬 (PDTx) のパイオニア Pear Therapeutics, Inc. (以下、Pear社)  が開発する「Somryst 」も、慢性不眠症患者の治療を適応に2020年3月にFDA承認を受けた、CBT-IベースのPDTxである。

Pear社では、「Somryst」に加え、アルコールや薬物、またはその両方を繰り返し使用することで引き起こされる物質使用障害(SUD)の治療を適応とした90日間のPDTx「reSET 」(2017年9月、認可取得)、オピオイド使用障害(OUD)患者による外来治療プログラム継続率の向上を目的とした84日間のPDTx「reSET-O 」(2018年12月、認可取得)などを開発しており、いずれもCBTを基盤としている。

しかし、本年3月17日のプレスリリースで、同社が再建策を模索していることが、
  Pear Therapeutics Announces Process Exploring Strategic Alternatives 
そして4月7日には、米連邦破産法11条(通称チャプターイレブン)を申請し、倒産したことが明らかとなった。
  Pear Therapeutics Files for Chapter 11 and Will Seek to Sell Assets Through Sales Process

ヘルスケア業界への優遇とも言うべき新型コロナ禍の特別措置も明け、ここ数年と比べて軟調に推移する株式市場で、スタートアップへの投資意欲も低迷して資金調達のハードルが上がっている現在、商業化の先頭を走るPear社も2022年、7月に約9%、11月に約22%とレイオフ(一時的な解雇)を迫られ、2023年のキャッシュランウェイ(キャッシュ不足に至るまでの猶予期間)は確保したと伝えられていたが、あえなく力尽きた形だ。

3月31日発表の年次報告書によれば、2022年の総処方枚数は45,000枚以上で、平均販売価格(ASP)は1,195ドル。Somrystと他2製品の個別内訳は公表されていないが、実際にペイヤーから支払いを受けられた割合(Payment Rate)は、僅か41%に過ぎなかった。

2022年3月には、ソフトバンクから資金調達を実施し、日本市場向けの治療用アプリ開発に乗り出すことが明らかとなり、国内でも期待が高まっていたと思われるだけに残念でならないニュースだ。

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話を元に戻そう。
韓国でAimmed社「Somzz」が薬事承認を取得した同日、日本の不眠障害治療においても、大きなマイルストーンを刻むニュースが発表 された。新設された不眠障害用プログラムとして、サスメド株式会社  が開発する「サスメド Med CBT-I 不眠障害用アプリ」が製造販売承認を取得したのである。「使用目的又は効果」が、アプリ単体での自律的な治療効果を標榜するような、 当初の「不眠障害の治療を目的に認知行動療法を行う」から、「医師が行う認知行動療法の支援を行う」と修正されはしたが、市場成長の可能性に大きな期待を集めている。

睡眠障害大国である日韓両国で、新しい治療法が開発、製品化されたことは、非常に興味深く、また何よりも喜ばしい。
CBT-Iは臨床的有用性が認められながらも、十分な知識を有する医師が臨床現場で不足していることなどが原因で普及していない現状が、日韓両国のみならず知られてきた。Aimmed社「Somzz」や「サスメドMed CBT-I」の登場は、CBT-Iのスケールを可能にし、既存の薬剤治療に加えて患者の選択肢を広げ、治療機会を拡大していくものと期待される。

(了)


本記事は以下の公式発表を翻訳要約し、適宜解説を加えたものである。


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