2022/11/08

米国eHealthジャーナル第76号

Neuromod社、ニューロモデュレーションを耳鳴り治療に

耳鼻咽喉科, 聴覚障害, ジャーナル第76号, 音声技術, 医療機器, Neuromod

アイルランド発、欧州から米国へ展開する医療機器「Lenire」

出典:Neuromod

この男性は一体、何をしているのだろうか?決して独りでいる寂しさからおしゃぶりを咥えているのではない。静寂の中、キーン、ピーという高音域、ないしジー、ザーという低音域の耳鳴りの苦痛に耐え、一縷の望みをかけて、新しい治療法を試しているのである。

本記事は、デジタルヘルス各社の公式発表や、疾病や技術の市場調査/レポートを、ヘッドライン形式で紹介する新企画「プレスルーム」の「2022/09/29 のニュース」から、解説してお届けしております。
https://www.lsmip.com/article.html?id=6570


耳鳴りは、外部からの音刺激なしに音を知覚してしまう異常な神経学的状態である。健常者でも一過性のものなら誰しもが経験しているであろう、ありふれた聴覚関連障害とも言える。認知行動療法や補聴器の装着、教育的カウンセリング、音響療法であるTRT(Tinnitus Retraining Therapy)など、有効な治療法はあるものの、根治が難しい場合が多いことが、患者や医師の悩みとなってきた。

たかが耳鳴りと思うなかれ。身近なものだけに、慢性化してしまうと、その不快な症状は集中力の低下や入眠の妨げなどとなり、日常生活のQOLを下げてしまうばかりか、鬱や不安症など精神障害を伴うこともあり、実に厄介な存在となりかねないアンメットニーズの疾患である。

――――――――――――

アイルランドの首都ダブリンを本拠とし、ニューロモデュレーション技術を開発する2010年創業の医療機器メーカー Neuromod社(Neuromod Devices Limited) が相次いで発表するニュースは、耳鳴り症状の緩和装置「Lenire」が欧州各国で利用可能になったことを伝えている。販売される製品がEU基準に適合していることを示すCE認証を取得済みであり、アイルランドからヨーロッパ各国 ~ ドイツ、オーストリア、ベルギー、イギリス、スイス ~ に続き、本年3月にスペイン、5月ノルウェー、7月デンマーク、9月ハンガリーと、その恩恵が広がりつつある。

「Lenire」は聴覚神経を活性化するためにカスタマイズされた可聴周波の音を再生するBluetoothヘッドフォン、32ケの電極を介して舌の表面に軽い電気刺激を与える口腔内デバイスTonguetip、持続時間やタイミング、強度を制御するハンドヘルド型コントローラ、の3つで構成された、非侵襲的なバイモーダル型のニューロモデュレーション治療機器として開発された。


(出典) Neuromod

ニューロモデュレーションとは、疼痛や鬱病など非常に多様な疾病や症状に適応される治療法であるが、特定の状態を改善するために、身体または脳内の活動を変更または調整する刺激(低レベルの電気や磁気の刺激など)を加えることで、神経活動を調節する技術である。それを、耳鳴りの軽減・治療のための治療法として再定義したのがNeuromod社だ。

耳を介した聴覚と、他の部位(「Lenire」の場合は舌)を介した体位感覚神経を複合的に組み合わせて❝対(バイモーダル)❞となり、耳鳴りの症状の緩和に重要な役割を果たす神経可塑性(新しいネットワークや経路を形成することにより、脳が一生涯を通じて継続的に変化または再配線する能力)を誘導する際に、より効果的な転帰を生み出している。

191名(男性128名/女性63名、平均年齢50.3歳、平均罹患期間4.1年)が参加した TENT-A2 (Treatment Evaluation of Neuromodulation for Tinnitus - Stage A2) 無作為二重盲検試験では、ベースラインから6週間後、主要エンドポイントに指定されたTHI(Tinnitus Handicap Inventory、耳鳴りの重症度)が患者の95%で平均的に改善し、12か月後も転帰が継続していることが確認された。2022年6月にはNatureの学術誌「Scientific Reports」に掲載されたが、治療に関連する重篤な有害事象(SAE)も報告されておらず、何より高い治療コンプライアンスが認められた意味は大きい。

「Lenire」は耳鼻咽喉科医らにより処方され、聴覚検査を含む初期評価の後で刺激の設定が調整され、患者毎に治療計画が立てられる。通常は1日計60分間(例:朝と夕方の2回、30分ずつ)、最短で10週間使用し、継続や改善を確認するためフォローアップを実施する流れだ。

同社は機器の製造に留まらず、耳鳴りケア専用の臨床サービスを専門に担う子会社Neuromod Medical (現:Otologie Tinnitus Care) を設立し、診療所での対面診療に加え、耳鳴りの遠隔評価・治療に特化したアイルランド初の遠隔医療サービスを開始した。Lenireの処方を含むトータルケアを提供し、個人に適した治療計画を立てて、展開を加速して行く構えだ。


(出典) Neuromod

2020 年 10 月、ヘルスケア領域を専門とするアイルランドのVC、Fountain Healthcare Partners が主導するシリーズBラウンドで、Neuromod社は希望調達額を上回る(オーバーサブスクライブ) 1,050 万ユーロ(約13億円)の資金を調達した。欧州での「Lenire」商業化を拡大し、現地法人 Neuromod USA Inc. を設立した米国での上市計画に準備が整った状態だ。軍務に起因した耳鳴りで障害補償金を受け取っている約200万の退役軍人を対象に捉え、米国退役軍人省(VA)での採用機会も狙いに定めている。

(出典) Shutterstock

――――――――――――

疫学的にみれば、世界人口の10~15%、米国では約5,000万人が罹患しており、日本全国でも約30万人が罹患していると考えられている耳鳴り。加齢性の難聴に関連して発症する場合も多く、今後より一層有病率が高まることが予想される。認知機能との関連性も指摘されることから、もっと重視されても良い健康問題だ。

近年、新たな治療法が開発されるニューロモデュレーションだが、患者が自分で治療をコントロールできるような製品を設計し、現代のライフスタイルにシームレスに統合される標的治療を開発・提供することは一大課題だ。より多くの患者に、より少ない負担で、より良い効果をもたらす将来を描くNeuromod社の足音が傍まで聞こえている。

(了)


本記事は以下の公式発表を翻訳要約し、適宜解説を加えたものである。


本記事掲載の情報は、公開情報を基に各著者が編纂したものです。弊社は、当該情報に基づいて起こされた行動によって生じた損害・不利益等に対してはいかなる責任も負いません。また掲載記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。
Copyright © 2022 株式会社シーエムプラス LSMIP編集部

連載記事

執筆者について

関連記事