2022/03/01

デジタルテクノロジーによって進化する歯科治療(第1回)

テクノロジーは歯科治療を変えるか?-その背景と現実

歯科・口腔外科, 臨床医, 日本, 医療コミュニケーション支援

当特集の概略

突然ですが、読者の皆さんが最後に歯医者にかかられたのは、何時ですか? しばらく通院していない方が久しぶりに歯科医院に行くと、技術の進化を感じるかもしれません。歯科では、お口に関する健康に対して、虫歯から全身に関する歯科疾患の治療、義歯 (入れ歯)の作成や調整、定期検診、クリーニングなど状況に応じて予防から治療まで様々な医療が提供されます。その中で保険治療の制約のために自費診療が求められるケース、工業や医科の技術が転用されるなど、歯科を取り巻く技術進歩を理解するためには、社会的な面にまで視野を広げる必要があります。

歯科で不可欠な補綴物の製作
歯科治療を受けたことがある方は、失った歯を「かぶせもの」や義歯などで治したことがあるかもしれません。この治療に使われるのが、補綴(ほてつ)と言われるものであり、歯科医師として治療をする際に欠かせない分野です。医科で言えば、人工臓器や義肢、義足にあたるといえるでしょう。このような補綴物は、国家資格の免許を持つ歯科技工士によって製作されています。

(出所:Shutterstock)

補綴物は単に見た目が歯に似ているというだけではなく、体重と同じくらいの力がかかると言われている咬合力を支え、顎関節の動きを想定した、機能的な形態を作る高度な技術が必要とされています。歯科医院で口の中で固まる印象材という粘土のような材料で、歯型を採った記憶がある方もおられると思います。多くの場合、この歯型から歯科用の石膏で複製された模型を使い、多くの手間と時間をかけて補綴物は作られています。皆さんが、口の中で髪の毛1本を噛んでも気になると思いますが、補綴物はそれ以上の精度が必要とされる場合もあります。

歯科医師である私も、大学の学部時代にワックスを色々な歯の形に削って練習したり、研修医の頃は、金属を鋳造して詰め物を作ったり、理論を元に指導教官のアドバイスを受けながら義歯を作るなどの修行をしました。その体験から鑑みても、補綴物の製作は学術的な知識と、長年の経験を要する職人的な技術です。現在は技工所に製作を依頼していますが、ラボとの潤滑なやりとりを想定した治療を心がけています。

就業者数と世界経済の変動が及ぼす補綴物製作への影響

(出所:Shutterstock)

今、そんな歯科技工の世界がデジタルによって変化を遂げつつあります。特に近年、歯科で取り上げられている技法の一つがCAD/CAM(Computer-Aided Design / Computer-Aided Manufacturing)です。コンピューターのソフトウェアでデザインし、制御プログラムによって加工する技術で、これまで人の手で行われていた補綴物を製作する方法です。その他には、3Dプリンターも新しい技術として急速に取り入れられています。工業や建築、航空宇宙など幅広く普及しているこのテクノロジーも、いわばオーダーメイドの製作が求められる歯科技工の新たな担い手となっています。

その背景にある一つは歯科技工士の減少です。医療の一端を職人的技術で支える人材も50歳以上が全体の50%をしめている一方、資格取得者が早期離職することが問題になっています。少子化により、今後さらに就業者数の不足が指摘されている現状があります。*¹

もう一つには、金属材料の価格の高騰が挙げられます。特に近年、保険治療で長く用いられてきた、いわゆる銀歯に使われる金属のうちパラジウムの価格の上昇が話題になっています。これは、世界的な脱炭素の動きから規制が強まり、自動車の排気ガスを浄化する触媒に使われているパラジウムの需要が高まったことや、コロナ禍での経済不安から安全資産としての金属への投機が集中したためとされています。*²

このため、治療費に対する材料費の逆ザヤの問題が、金属以外の素材を用いるCAD/CAMによる補綴物を保険で使用(適用)できる条件の緩和などに影響しているという見方もあります。また、日本以外の国の歯科治療では、白い歯が好まれ、金属があまり使われていないとも言われています。

歯科治療費、ところ変われば
歯科の治療費は高いと言われることもありますが、世界的にはどうでしょうか。在ニューヨーク日本国総領事館によると、アメリカでは歯1本の治療につき約1000ドルかかるとしています。*³ 一方、ほとんどの治療が無料で受けられるイギリスのNHS(国民保険サービス)では、財源の不足などの問題から昨年、在籍する1000人の歯科医師が退職しました。*⁴ 一時帰国されている海外に在住する方や、外国の方の治療を行うと歯科治療はその国の事情によって異なることを実感します。

歯科治療は、テクノロジーと経済の影響を受けています。日本歯科医師会も2020年、情報通信技術(ICT)の活用やAIによる診断、歯科技工の新技術を視野にいれたビジョンとしての提言を刊行しました。*¹ 今、手仕事からデジタルに、歯科産業は大きく変革しつつあるように見えますが実際はどうでしょうか。このシリーズでは、変わりゆく歯科の技術を臨床医の目から伝えていきたいと思います。

(次回に続く)


【出典】

*1    日本歯科医師会 「2040年を見据えた歯科ビジョンー令和における歯科医療の姿ー」、2020年10月、https://www.jda.or.jp/dentist/vision/pdf/vision-all.pdf (2022年1月26日参照)
*2    兵庫県保険医協会 「2020年3月15日(1936号) ピックアップニュース」 兵庫保険医新聞、2020年3月15日、http://www.hhk.jp/hyogo-hokeni-shinbun/backnumber/2020/0315/070001.php(2022年1月26日参照)
*3    在ニューヨーク日本国総領事館 「医療概要」 https://www.ny.us.emb-japan.go.jp/jp/g/01.html (2022年1月26日参照)
*4    Gaby Bissett, “Almost 1,000 dentists left the NHS last year” 20th Jan 2022, Dentistry Online, https://dentistry.co.uk/2022/01/20/almost-1000-dentists-left-the-nhs-last-year/ (2022年1月26日参照)


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