2021/12/24

臨床医が解説するアジアのヘルステック(第1回)

気管支喘息の吸入療法におけるイノベーションとなる「Whizz」(前編)

医療機器, 呼吸器科/呼吸器系疾患, アドヒアランス, 臨床医, シンガポール

吸入療法の手技・コンプライアンスの改善のために

(出所: Meracle Pte Ltd)

世界では、喘息患者は約2億6200万人いる*¹と推定されており、世界中の国で、患者数の増加がみられています。日本でも状況は同様であり、国内の喘息患者は450万人以上いる*²と推定されています。日常生活における喘息治療では、吸入ステロイドが治療の中心となり、長時間作用型β2刺激薬(LABA)や長時間作用型抗コリン薬(LAMA)*³等との2・3剤の合剤や、抗IgE抗体(オマリズマブ)、抗IL-5抗体(メポリズマブ)、抗IL5受容体α鎖抗体(ベンラリズマブ)、抗IL4受容体α鎖抗体(デュピルマブ)等の生物学的製剤*⁴等、新しい治療の選択肢も増え、大きな変革を迎えています。

しかし、中心となる吸入薬の使用については、吸入がうまく吸えない、正しく使用できていないといったコンプライアンスの問題も残されています。一見すると非常に初歩的な問題に思われますが、子供や高齢者では特に吸入手技の不安定さが問題となる事が多いです。また、治療に対する反応性が不良、増悪や救急受診を繰り返すなどの重症喘息とされる一部の患者の中には、薬吸入の手技的な問題を抱える患者を含んでいる事も、大きな課題として残されています。

シンガポールを拠点とするMeracle社は、このような呼吸器疾患におけるアンメットニーズを解決する、「Whizz」というデジタル機器を開発しました。「Whizz」は、世界初となるデジタルスペーサーデバイスであり、吸入手技の評価・コンプライアンスの改善を行う事ができる医療機器です。

(出所: Meracle Pte Ltd)

「Whizz」開発のきっかけ
Meracle社は、シンガポール国立大学(NUS:National University of Singapore)からスピンオフ*⁵して2018年に設立された、MedTech*⁶系スタートアップ企業です。臨床研究・データとデジタル技術を融合させることで、患者・家族・医療者など、病気や治療に関わるすべての人に役立つ技術を提供する事を目的に設立されました。また、Meracle社は、神戸市が米国・シリコンバレーのベンチャーキャピタル「500 Startups」と共同開催している「500 Kobe Accelerator 2020」の参加スタートアップ企業にも選出されており、今後の活躍が非常に期待されている企業です。

「Whizz」の開発のきっかけは、Meracle社創始者の一人であるMelvin氏の祖母が、重度の喘息で救急受診を繰り返しており、その原因は正確に薬を吸入できていなかったことだと判明した経験からでした。そして、正確な技術が習得できない・コンプライアンスが悪いという初歩的な問題で、治療効果がでない、あるいは悪化している気管支喘息患者が多くいることを問題視していた、シンガポール国立大学病院の小児呼吸器科医とアレルギー科医たちの思いから、開発がスタートしました。

左:Meracle社COO、Melvin 右:CTO、Rachel
(出所: Meracle Pte Ltd)

「Whizz」の主な機能
「Whizz」は、シンプルで直感的に使用でき、吸入手技とコンプライアンスを改善させるソリューションです。その各機能について、以下に解説していきます。

①吸入手技が正しくできているかの評価
デバイス内のセンサーにて吸入速度を計測し、十分な吸入速度である場合にはLEDパネルが緑色に点灯し、範囲外の場合には赤色に点灯することで、適切な吸入手技をアシストします。この機能は練習用としても用いる事ができるため、適切な吸入手技の習得にも有用です。

(出所: Meracle Pte Ltd)

②アプリによるリマインド
専用のアプリと連動して使用する事ができ、吸入スケジュールの管理、リマインダーによるアラート機能等、コンプライアンスを改善する機能を持ちます。

(出所: Meracle Pte Ltd)

③使用状況のレポート
専用アプリと連動することで、月間の使用状況、適切な吸入速度で使用できた使用率等をレポートとして表示する機能を有しています。これにより、患者自身で使用状況を確認し、改善行動などに繋げることができます。

(出所: Meracle Pte Ltd)

④子供向けのリワードシステム
子供たちも使用しやすくするため、薬剤使用の動機付けとなり、進捗状況が把握しやすくなるゲーム性のあるリワードシステムをアプリで使用する事ができます。難易度などは自由に設定することができるため、親子で楽しみながら薬のコンプライアンスを改善することができます。

デジタルスペーサーである「Whizz」のデバイスの駆動は充電式であり、携帯性に優れ、かつ電子ユニットを取り外すことで、通常のスペーサー同様の水洗いが可能であり、メンテナンス性にも優れています。また、スペーサーであるので、使用できる吸入器はpMDI*⁷に限定されており、現在のFDAへの申請は気管支喘息を対象としています。しかし、将来的にはCOPDへの適応拡大の可能性があります。
「Whizz」は、喘息治療やCOPD等の他呼吸器疾患も含めた、吸入療法の正確な手技獲得・コンプライアンス改善を後押しできることが期待されています。特に治療が難しくなる小児・高齢者の吸入療法において、大きな効果があるものと思われ、今後の国内外での医療機器承認が待たれています。

(次回に続く)


【脚注】
*1 「Asthma」、 WHO、 2019年、https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/asthma
*2 「喘息診療実践ガイドライン2021」、一般社団法人日本喘息学会、株式会社協和企画、2021/7/15
*3 β2刺激薬: 気管支を拡張し、呼吸困難を和らげる。
   抗コリン薬: 気道の収縮を予防し、呼吸を楽にする。
  「セルフマネジメント③ 薬物療法」、独立行政法人環境再生保全機構、https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/copd/about/09.html
*4 「成人気管支喘息における生物学的製剤の適正使用ステートメント」 一般社団法人日本呼吸器学会、一般社団法人日本アレルギー学会、2020/5/11、 https://www.jrs.or.jp/uploads/uploads/files/assemblies/20200624_AII.pdf
*5 スピンオフ: 大企業等の社員がもつビジネスアイデアを事業化し、企業として独立させること。
*6 MedTech: MedicalとTechnologyを組み合わせたIT造語。IoT等のテクノロジーを医療に導入する取り組みのこと。
*7 pMDI: pressurized Metered Dose Inhaler(加圧噴霧式定量吸入器)。ガスの圧力で薬剤を噴射します。吸入するときは、薬の噴射と薬を吸い込むタイミングを合わせる必要があります。それが難しい場合、確実に吸入するために、補助器具であるスペーサーを使って吸入します。 「成人ぜん息の基礎知識」、独立行政法人環境再生保全機構、https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/basic/adult/control/inhalers/feature01.html


【出典】

この原稿の執筆に際し、掲載企業からの謝礼は受けとっていません。


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