2022/11/22

米国eHealthジャーナル第77号

片頭痛領域のデジタルヘルス動向

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Theranica「Nerivio」から、沢井製薬、ヘッジホッグ、糸魚川総合病院まで

本稿を執筆している11月下旬、冷たい雨、師走並みの寒さである。週間天気予報によれば、この先、来週にかけて低気圧が通過し、気圧も下がると予想されている。

こめかみがズキズキする。頭痛と言えば、くも膜下出血や脳出血のような二次性頭痛も心配だが、これはいつもの痛みだ。数時間も経てば解消することが多いが、その間も仕事や家事を休むことは難しい。

(出典) Shutterstock

ついつい、ドラックストアで購入したOTC鎮痛薬に手を伸ばし、それでやり過ごすのが常となっているが、安易に服用を続けていると薬物乱用頭痛になってしまうことが怖い。いつ順番になるか分からない病医院の待合室で耐えるのも苦痛だし、そもそも専門の頭痛外来も近くにない。

「頭痛持ち」と表現されるように、頭痛は身近な病気だ。中でも片頭痛に悩む現代人は多く、成人の約8.4%が罹患しているという報告もある。そして多くが、未診断・未治療の患者だ。
依然として薬理学的な治療が第一選択となるが、一方で痛みそのものを標的にしたデジタル治療薬は、疼痛管理市場として、近年、大きな注目を集めている分野だ。

本稿前半では、片頭痛を適応症としたデジタルヘルスの開発で、一早く薬事承認を取得した、イスラエルのスタートアップ Theranica社 (Theranica Bio-Electronics Ltd.) の近況を、また後半では、片頭痛領域に関する国内各所での動向 ~ 沢井製薬、ヘッジホッグ・メドテック、インテグリティ・ヘルスケア、糸魚川総合病院 など ~ をまとめて紹介する。

■ 非薬物療法で注目を浴びる イスラエルTheranica社 

2019年7月、FDAからDe Novo経路で承認を受けた新しい医療機器「Nerivio Migra」のニュースを、驚きを持って受け止められた方は少なくないかもしれない。
スマートウォッチのようなデザイン性を兼ね備えた、上腕式血圧計のカフのような機器から、痛みを感じない程度の微弱な電気刺激を発することで神経調節を行い、片頭痛を治療するという新しいコンセプトの医療機器であった。Remote Electrical Neuromodulation (REN) の名が表す通り、片頭痛発作の発症時に頭部や頸部ではなく上腕に装着し、上腕に与えた刺激によって別の部位の痛みを抑制するという内因性鎮痛メカニズムを誘発することにより、条件付き疼痛調節(Conditioned Pain Modulation、CPM)で片頭痛および関連する症状を緩和するというものだ。

(出典) Theranica


2021年1月には適応範囲を12歳以上の青年期および成人患者に広げ、突発性片頭痛と慢性片頭痛を適応とした予防治療、急性期治療の医療機器として「Nerivio」の認可を得た。
トリプタン系製剤や市販薬を含む急性片頭痛治療薬は、片頭痛発作の頻度の増加に関連する薬物乱用頭痛(MOH)との関連性が指摘されている。そこで、「Nerivio」は単独の治療として、または既存の治療と組み合わせて使用される、代替療法を模索するアンメットニーズに応えるものとなる。

直近で実施されたプラセボ対照二重盲検ピボタル試験のトップライン(速報版)が10月18日に公表された。
主要評価項目である月間片頭痛日数(MMD)は、Nerivio群は4.0日減 (プラセボ群:1.3日減、p値:0.0001)、予防の経口薬を併用した患者グループ(40%)を対象としたサブグループ分析でも3.5日減(プラセボ群:1.5日減、p値:0.03)と、ベースラインから有意に減少したことが明らかとなった。
その他のエンドポイントでも、中等度・重度の頭痛が3.8日減(プラセボ群:2.2日減、p値:0.005)、急性投薬日数が3.5日減(プラセボ群:1.4日減、p値:0.001)、など、「Nerivio」の優位性が示された。

一方 Theranica社は6月1日、メンバーシップ制倉庫型スーパーを展開する米コストコホールセールと提携し、低価格で処方箋医薬品を購入できる割引プログラム「コストコ会員処方箋プログラム」内で、コストコ会員が、「Nerivio」が独占価格メンバーシップの付加価値特典として、130ドル(約18,000円)で利用できるようになったことを発表した。
同プログラムの資格資格は、メディケアやメディケイド、その他保険に加入していないことが条件である。2018年国勢調査結果 (「Health Insurance Coverage in the United States: 2018」)によれば、2018年の健康保険への未加入率は8.5パーセント、無保険者は2750万人にも上っており、この提携は、無保険者層をターゲットにすることで、保険適用対象に加えて更なる顧客ベースの拡大を狙っていることは明らかだ。

最近発行された市場調査レポート「Global Digital Migraine Treatment Devices Market Research Report to 2027」(ResearchAndMarkets.com、2022/06/22)によれば、片頭痛の有病率の増加、低侵襲治療の需要の高まりを背景に、片頭痛を適応としたデジタル治療機器は、2021年の308.27百万ドルから2027年には607.54百万ドルと、現在から倍増するするものと予測されている。
同レポートでは、 Theranica社「Nerivio」、 Neurolief Ltd.社「Relivion MG」、に加え、 「Relivion」申請時にPredicate Device (上市済みの医療機器製品)に指定されたCEFALY Technology sprl社「CEFALY」、 eNeura Inc.社「SAVI Dual」 (sTMS mini)、 electroCore, Inc社「gammaCore」、など、各社が掲載されている。


(出典) CEFALY Technology sprl社「CEFALY」


(出典) Mayo Clinic


(出典) electroCore, Inc社「gammaCore」、

片頭痛治療へのアウトカムは患者毎に異なり、異なるモダリティを組み合わせた場合に良い反応を示す場合があることが知られている。臨床試験を通じて、高い有効性と良好な安全性、忍容性が証明され、
Theranica社は、非薬理学的な標準治療として第一選択療法への採用を目指してゆく方針を明らかにしている。
各社が鎬を削る中、一早く薬事承認を得て市販の準備が整うこともさることながら、いかにしてKOLの支持を得て標準治療に組み込まれるか、そしてTheranica社がCostcoと提携したような流通戦略が一層重視されてくることは言うまでもないだろう。

Theranica社は8月29日、ライフサイエンスに特化したNew Rhein Healthcare Investorsが主導するシリーズC投資ラウンドで4,500万ドル(約63億円)の資金調達を発表した。本邦のコランダム・イノベーションが既存投資家として参加した。米国での事業拡大を目指す計画に弾みがついた格好だ。
(メモ)
 aMoonが主導した2019年5月のシリーズBラウンド(35百万ドル、約49億円)には、本邦からオムロンベンチャーズ株式会社も出資している。

 

ここからは、片頭痛領域で注目を集める、日本国内の動きを紹介する。

■ デジタル・医療機器領域への進出など、積極展開が目立つ 沢井製薬 

ジェネリック医薬品のリーディングカンパニーとして知られる沢井製薬(以下、沢井)である。沢井は2018年6月20日、英アストラゼネカの長期収載品である片頭痛急性期治療薬「ゾーミッグ」(トリプタン系薬剤)について、日本市場における製造販売承認の承継が完了したことを発表した。
また同日、頭痛チェックシートや頭痛ダイアリーの提供、医療施設検索が可能な、患者向け疾病啓発サイト「頭痛オンライン」を開設した。

2021年1月には、非侵襲型のニューロモデュレーション機器「Relivion」を開発した、イスラエル本拠のNeurolief社 (Neurolief Ltd.) と日本市場における独占開発販売契約の締結を発表した。


(出典) Neurolief社

「Relivion」は2021年2月16日、片頭痛を適応症としたクラスⅡ医療機器として510(k)経路でFDA認可を取得している。沢井は、片頭痛を適応症に2022年に薬事承認申請、2024年に上市。鬱病を適応症に2023年に申請、2025年に上市の計画を発表している。

沢井は、別疾患領域でも認知行動療法に基づいたDTxの開発 (NASH非アルコール性脂肪肝炎領域で、2022年8月にCureApp社と提携) を手掛ける等、薬剤治療を受けているが良好な転帰が確認できない患者には薬剤治療に限らない選択肢を提供すべく、デジタル・医療機器領域でも積極的に新規事業を開拓している。

■ スマホアプリで、片頭痛も治せる? 

数年前であれば、眉に唾を付けられていた、スマホアプリで疾患を治療することも、CureApp社の禁煙アプリや高血圧症アプリの登場で、新しい選択肢として認知されつつある。

片頭痛領域では、どうだろうか? 前出のようなニューロモデュレーション機器のコントローラーとしてのアプリではなく、純粋な治療用アプリとしての問いだ。
2021年創業の新星 株式会社ヘッジホッグ・メドテック (ヘッジホッグ社) は、片頭痛にも有効な認知行動療法を治療用アプリとして開発中である。

「新規性」については、従来の臨床の手法をデジタルという新しいツールで「再現」するというもの、従来の標準治療にもない完全新規な手法を生み出すもの、との二つに分けられる。当件は前者に相当する。
日本頭痛学会 診療向上委員会ワーキンググループによる、「片頭痛の認知行動療法マニュアル(治療者向け)」が上梓されている。デジタルとの親和性が高い認知行動療法は、治療用アプリとしても再現され易い。

ヘッジホッグ社は4月に日本頭痛学会から専門医をアドバイザーとして招聘しており、臨床現場に受け入れられる真に使えるアプリを目指していることに疑いはない。

■ 日記をつけると転帰も良くなる?

糖尿病や高血圧、喘息、精神疾患のように、症状や日常生活を記録することが重視される疾病は少なくない。日本頭痛学会によれば、頭痛の治療でも記録が重要となり、頭痛発作の日時、痛みの種類(脈打つようか、締め付けられるようか、など)や持続時間、併存する症状、服薬の有無や種類、を記録することで、担当医が正確な情報を元に治療し易くなる、と意義が強調されている。
(同学会「頭痛ダイアリーで頭痛を攻略」より)。

インテグリティ・ヘルスケアが、医薬品卸業界2位のアルフレッサと共同開発するオンライン診療システム「YaDoc (ヤードック)」の頭痛管理プログラムも、診療の空白期間にあらわれた自覚症状や主観的な健康状態の変化などをスマホアプリで記録に残すというコンセプトのもの。11月11日に発表された機能アップデートでは、頭痛専門医が診療時に確認する経過のビュー切替や、変薬による有用性の確認、頭痛の日数や痛みの強さの集計など、臨床現場の要望に即した機能追加・改善が施されることとなった。

ユーザである患者のライフログとして、日常生活のありとあらゆることを記録することは、スマホアプリの本分であり、マーケットプレイスにあるアプリに日記機能を追加することは、開発者には容易いことであろう。だからこそ、エビデンスにもとづき、かつ臨床現場で実際に使われるものを生み出すことが求められている。

■ RWDが加速する臨床研究、そして健康的な生活へ

脳神経外科に頭痛外来を設ける糸魚川総合病院(新潟県糸魚川市)は10月19日、日本システム技術株式会社と提携し、個人情報保護法に基づき匿名加工を施した約800万人のレセプトデータをソースとしたメディカルビッグデータを用いた、「片頭痛と、片頭痛医薬品および薬物乱用頭痛の関連性」に関する共同研究の開始を発表した。

この他、レトロスペクティブかつプロスペクティブに臨床データや気象情報などを解析して、片頭痛の発症を予測するようなサービスも開発されている。その一例が、米バイオテクのアムジェンと医療統計データサービスの本邦JMDC社が提携して提供する「片頭痛リスク予報サービス(Health Weather®)」である。同サービスは、誰しもが疾患を正確に理解し、未治療の患者が治療機会を得やすくなるよう、心理的にハードルの低いであろうLINEを通じて提供されることで、ペイシェントジャーニーを担う1ピースとして、非常に重要性を増してくるものと思われる。

(了)


本記事は以下の公式発表を翻訳要約し、適宜解説を加えたものである。


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